三人の美しい王女の伝説 (要約)
"Legend of Three Beautiful Princesses" by Washington Irving "The Tale of Alhambra"
その昔、ムハンマドというモーロ人の王がグラナダに君臨した。ある日、キリスト教徒の国を急襲した騎兵部隊が引き揚げてきた。部隊は略奪品を山と積んだラバの隊列を作り、大勢の捕虜にした男女を引き連れていた。その中に、敵の城将の美しい乙女がいた。ムハンマドは彼女をグラナダのハレムに護送させた。
彼女は泣いて溜息をつくばかりであったが、最後に妃となり、三人の愛らしい娘がいちどきに生まれた。ムハンマドは慣例にならって、占星術師たちに三人の王女の未来を占わせると彼らは難しい顔をし、口を揃えて言った。
「王様、お姫様方は危険な運勢の星の下にお生まれです。とくに結婚適齢期を迎えられる頃は、監視を怠りなきよう。お三方をそばに置き、決して人任せになさいますな」
王は「まだたっぷり時間はあるが、用心するに越したことはない」と三人の王女をサロブレーニャ城で育てることにした。サロブレーニャ城は地中海が眼下に見渡せる丘陵の頂に築かれたモーロ様式の堅牢無比の砦だった。ここで三人の王女は何不自由ない生活を送った。長女のサイーダは果敢な気質で、好奇心と探求心が旺盛。次女のソライダは美的なものに敏感で美しいものにはなんでも感動した。末っ子のソラハイダは心根がやさしく、臆病で感じやすかった。
ある日、城の望楼で二人の妹が寝椅子で昼寝をし、姉のサイーダが望楼の窓辺から外を眺めていると、一艘のガレー船が浜辺を目指してぐんぐん近づいてきた。ガレー船が望楼の下の狭い浜辺につくと、船からはモーロの兵士たちと数人のキリスト教徒の捕虜が下りてきた。好奇心の強い姉は、急いで眠っている妹二人を起こし、三人は窓から息をひそめて覗き見た。
捕虜の中には三人の立派な身なりのスペイン人の騎士がいた。いずれも花のように誇らかで、気品のある若者だった。鉄の鎖を胴にまかれ敵に囲まれていたが、堂々として剛毅な気性が全身にあふれ出ていた。三人の王女はじっと目を凝らしながら息苦しいほどの胸の高まりを覚えた。無理もない。物心ついてから、この城で、女性の召使たちにかしづかれ、男性といえば、黒人の奴隷と、ぼろをまとった漁師のほか見たことがなかったのだから。王女たちは捕虜たちが視界から消えるまでずっと見ていた。それから長い溜息をつくと我に返って、ちらっとお互いに顔を見合わせ、寝椅子にぐったりと横たわった。
Castillo de Salobrena
ムハンマドは風通しの良い広間でくつろいでいると、サロブレーニャ城から使いが三人の王女の誕生日の告知と祝賀の書簡を携えて到着した。これに添えて、花々で飾られた繊細な網目模様の小籠を差し出した。葡萄とイチジクの葉を下敷きにした小籠の中には、桃、アプリコット、ネクタリンが一つずつ、朝露のようなみずみずしさを湛えて、どれも熟れる直前の輝きを放っていた。
王はオリエントの果実と花の綴る言葉を読み解いた。
「そうか、占星術師が警告した危険な時期が到来したか、どうしたものか?
今のところは安全なはずだが、わしの目の届くところに置け、というのが欠けている」
そこで王は三年ぶりにサロブレーニャ城を訪れ、アルハンブラへ連れ戻すことにした。
三年の間に娘たちは驚くほどかぐわしい乙女に変わっていた。王は自分の膝下に王女たちを置く決断を新たにした。
グラナダへの帰還前、王は先触れを出して、帰還路の通行を禁止し、道路わきの家の窓をすべて閉ざすように布告した。三人の王女は王の傍らを騎馬で進んだ。騎馬隊がグラナダに近づいたとき、一行は捕虜の一団を連行するモーロ軍の部隊に追いついた。彼らは王の一行をやり過ごす時間がなく、地面にひれ伏した。この捕虜の中に先日、王女たちが見た三人のスペイン騎士たちがいた。彼らは、臆することなく立ったまま王の一行を見つめた。王は烈火のごとく怒り、新月刀を引き抜いて騎士たちに向かって突進した。王女たちも王に従ったが、三人は王に取りすがり、必死に命乞いをした。
捕虜を連行するモーロの将も王に進言した。「王様、どうか、おこらえください。かれらは名のあるスペイン騎士でスペイン人はもとよりモーロ人の間にも勇名を轟かせました。名家の出身ですので、莫大な身代金も手に入るでしょう」王は命を取らぬ代わりに幽閉することを命じた。その間に王女たちのベールははねのけられ、光り輝くような美貌があらわになった。騎士道華やかなりしときは古い物語にある通り、今日と比べ物にならないくらい早く、男女は恋に落ちた。囚われの三勇士が王女たちの虜になったとしても驚くにはあたらない。
王女たちが住いとした塔は贅を尽くした豪華なもので、塔の半面はアルハンブラ宮殿の構内を見渡し、反対側はヘネラリフェ宮殿と分かつ、深い、木々の茂る峡谷に向かっていた。王女たちはアルハンブラに到着以来、まったく元気がなかった。王には理解できなかったが、王女たちが子供のころから付き従ってきた乳母には、その理由がよくわかっていた。乳母も王女たち同様、もとはキリスト教徒であった。彼女は捕虜を監督している、やはりもとキリスト教徒の隊長に金貨をにぎらせた。
「私のお仕えしている王女様たちは塔の中で何の楽しみもない毎日を送られているの。この間、三人の騎士の手慰みのギターを聞いてお話したら、その腕前のほどを確かめてみたいとご所望なの。あなたなら、こんな無邪気な願いを叶えてくれるわよね」
「とんでもない! 俺の守るこの塔の門に、俺の生首が歯をむき出して笑うことになるんだぜ。王様にしられようものなら、即刻、このご褒美が待ってまさあ」
「そんな危険なことをしてもらうつもりはないよ。王女様方のきまぐれをちょっと満足させてあげれば、父君に気づかれる心配はないわ」
翌日、しっかり金貨を握らせられた監督隊長は、王女たちの塔の下の深い峡谷に三人の騎士を連れて行き、労役につかせた。真昼の日盛りになると、他の捕虜たちも、見張りの兵士らも持ち場で居眠りを始めた。騎士たちは塔の真下の草むらに座って、ギターの伴奏に合わせて合わせスペインのリフレーンの多い恋歌をうたった。谷間は深く、塔ははるか頭上に聳えていたが、歌は高く舞い上がった。三人の王女は塔のバルコニーから歌声に耳を澄ませた。王女たちの頬はいつしかバラ色に輝き、瞳は星のようにきらめいた。
歌はやんだ。サイーダはリュートを取り上げると、美しい声で、アラビアの歌曲を返した。この日以来、三人の騎士と王女は歌のやり取りを続けた。しかし、ある日から三人の騎士は姿を見せなくなった。王女たちはバルコニーから身を凝らし、声を限りに歌ったが答えはなかった。そして乳母が悲報を届けた。「王女様、スペインの騎士たちは一族から身代金が贖われ、グラナダへとおくだりになって、故国へと帰るばかりなんだそうです」王女たちは涙が枯れるまで泣き続けた。
それから3日目、乳母はまたまた驚くべきことを王女たちに報告した。「あの三人の騎士たちはあろうことかお姫様たちを説得し、塔から抜け出し、われわれの妻になってほしい、というのですよ!恩義をかけていただいた父上に、そんなことができましょうか!」
長女の王女は答えた。「でも、逃れていく先は、私たちの母上のお生まれになった故国ではなくて? そこでは私たちは自由に生きられるのではないの? そして若い高貴な夫にめぐまれるのでは? あなたも、もとはといえば母上と一緒にスペインから来た身の上。私たちと一緒にスペインに戻りましょう」長女のサイーダは乳母も二人の妹も説得し、準備にかかった。ただ、末娘のソラハイダは心根がやさしく、臆病で、小さな胸は、捨てていく父への思いと、恋人への熱い思いの板挟みに悩んでいた。
その日の真夜中、乳母は花園を見下ろすバルコニー沿いの窓から素早く縄梯子を、花園につり下ろすと真っ先に降りて行った。サイーダとソライダも胸を高鳴らせて降りて行った。ソライダが下りる番になって、彼女はためらい、震えだした。何度も縄梯子に足をかけるが、小さな心臓は狂ったように鳴り、降りていけない。時間はどんどん経過していく。塔の下で姉二人と乳母が励まし、叱っても、ついに彼女は降りることができなかった。ソラハイダは縄梯子の結び目を解くと、バルコニーから投げ落とした。「私は、行かないわ。逃げることができない。アッラーがお姉さまたちを導き、祝福されますように」
巡回の兵の声が聞こえてきた。二人の姫は乳母にせかされ、岩盤の丘陵に掘られた、いくつもの地下道のひとつに飛び込んだ。暗闇の迷路を進むと出撃口の扉までたどり着いた。そこにはモーロ人の兵士に変装したスペイン騎士たちが待っていた。ソラハイダの恋人は王女がついに塔から出ようとしなかった経緯を聞くと気が狂ったように悲嘆にくれた。しかし、一刻の猶予もなかった。二人の王女はそれぞれの恋人の馬の背後にまたがり、乳母は手助けをしてくれた元キリスト教徒の捕虜監督官の馬にまたがり、コルドバへ通じる山岳道の入口、「ローペの山道」を目指して、全速力で駆け出した。
いくらも進まないうちにアルハンブラの方角から打ち鳴るドラムと闇をつんざくトランペットの響きが聞こえてきた。「逃亡が発覚しましたぜ。こちらの馬の方が早い。それに闇夜だ。今のうちに追っ手を引き離そう」馬に拍車をくれ、全速力でベガを突っ切りにかかり、エルビラの山麓までたどり着いた。馬を止め、監督官は聞き耳を立てた。「追跡してくる形跡はなしでさ。これならうまく山中に身を隠せそうですぜ」と言っている間に、アルハンブラの望楼から一筋の狼煙が高々と上がった。「ちくしょう!あれは全要路の封鎖命令ですぜ。急げ!」また馬を全速力で駆けさせるうち、周囲の山の望楼に次々と狼煙が上がった。
エルベラの山をぐるっとめぐる道をかけ、キリスト教徒軍とイスラム教徒軍がたびたび激戦を重ねた急流にかかるピノス橋にたどりついた。しかし、遅かった。塔にも橋にもかがり火が焚かれ、兵士の武具があちこちにきらめいていた。監督官は騎士たちを手招きし、一挙に街道から駆け下り急流に、どっと乗り入れた。王女たちは水をかぶりながらも騎士たちにしがみつき、一言も叫ばなかった。かれらは早瀬を乗り切った。その後も果てしなく難儀な旅を続けついに古い都、コルドバにたどり着いた。王女たちはキリスト教に改宗し、騎士たちと晴れて夫婦となった。
アルハンブラに残った、ソラハイダは踏みとどまったことをひそかに悔やんだと思われる。時々、塔の頂の狭間胸壁にもたれ、もの悲し気に、遠くコルドバの方角を眺めている姿が目撃された。ソラハイダは若くして身まかり、住み慣れた塔の下に埋葬された。嘆きの調べを奏でるリュートの音が、時々塔から聞こえたとも言われる。